どうも、青子(@nishiaoko)です。

先日、某ツイートで「知り合いに◯万貸したんだけど全く返してくれず、さらに態度も悪すぎる。同じ被害者か出ないように拡散希望。」というのを見かけました。

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その相手とのLINE等で行ったメッセージでのやり取りをスクリーンショットし、画像添付もしてあります。
所謂、最近よくある「”被害者側”が被害の様子の拡散を希望する」ツイートでした。

それを見た友人とこんなやり取りばしたとです。

(私)
一方の意見しか載せないこのツイッターとかの被害者らしい側の拡散希望が圧倒的に気に食わないが、
これ以上同様の事件が起こらないようにしたいという気持ちだけは汲める。
しかし若いなぁ。。。お互いをよく知らない関係同士でお金の貸し借りをしてしまうのかぁ。。。

(友人)
まぁあれだよね。授業料ってことで。今回のは。
ネット上で知り合って一度や二度会ったくらいじゃいい人かどうかなんてわからないからな。
これでいかに金の貸し借りは信用ならないかわかったでしょうよ。
高い授業料だけど学べてよかったじゃんっていうね。

(私)
でも学びチャンスを逃すのも勿体無い案件だよねこういうの。
基本的に片方の意見への賛同の声しか集まらないし。

(友人)
そう、身内で傷舐め合って慰めあって相手叩くより、まず自分がいかに愚かなことをしてたか見返すべき

拡散をしてなんになるのか?

「被害がこれ以上増えないようにしたい」「とにかく賛同して欲しい・事件を知ってほしい」等、被害を受けた者として事件の拡散をする目的はそれぞれ異なるとは思いますが、同時に自身の”視野の狭さ”を実感すべきだとワシらは思ったわけですじゃ。
本当に自分は圧倒的に不条理なのか?加害者と成り行きをただ掲載するだけの内容で拡散し、本当に同様の被害は防げるのか?

今回の場合で言うと、加害者だと提示されているとその人物(本人と思われるLINEでの名前・写真が掲載されていました)へお金を借し、それが返ってこないという被害は今後防げるとは思いますが、
「被害がこれ以上増えないようにしたい」という観点から言うと、事件にあってしまった被害者本人が「反省するべきこと」も掲載しないと完全ではありません。

加害者だけが悪かったわけではないという客観視

「あまり仲の知れた関係でもないのにお金を借してしまった」「”返ってこなかったら”を想定せずに軽率な行動を起こしてしまった」「相手の態度が悪くなったのは自分の対応も原因にあるのではないか」
今回の件を客観的に見て、私は被害者の方が反省すべき点は以上のようにあったのではないかと思いました。
しかし、このツイートへのリプライはほぼ賛同の声のみ。被害者と加害者の絶対的な位置関係は揺るがない様子でした。
被害者の方も、それに賛同する方々も一方の方向のみでしかこの一件を捉えられないわけです。

この視野の狭さが、SNSという場所での闇の一つだと思うわけですじゃ。

拡散する側にいる我々が注意すること

しかし。以上色々書きましたが。
もしかしたら、拡散していた被害者本人はものすごく自分の軽率さを反省していたかもしれません。
もしかしたら、被害者の方は加害者の方に強迫まがいのやり方をしていて、だから加害者の方も返せずにいるのかもしれません。
が、それは拡散されず私や友人の目には入らなかった。
そのメディアにおけるリテラシーの低さ(一定の情報への着手の低さ)も、SNSの闇なのだと思います。

とどのつまり、情報を受取る側の我々は微塵な情報だけに目を向けて視野を狭くすべきではないということです。
賛同も拡散も助言も中傷もネットの世界では自由です。それだけに、SNS上では人々はとても素直なのです。
それゆえに、我々は慎重に視野を広く持たなければなりませぬな。。。

だらだらと書きましたが

被害を受けましたツイートは本人への賛同だけではないのだから注意せなアカンし、どうせなら賛同ではない意見も参考にしないと勿体無いよ!と我らは思うわけです。
ていうか極論ある意味恥晒してるだけの可能性もあるよと。
でもさ。。わかるよ。。腹立つとさ。。もう世界中にそれ言いたくなるよね。。
書くのはいい。しかしそれを拡散希望する必要はあるのかい。。今一度考えたい案件でした。南無。

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